初代『バイオハザード』(1996):ストーリー・設定

背景と概略
1996年にPlayStation向けに発売された初代『バイオハザード』(海外名:Resident Evil)は、サバイバルホラーというゲームジャンルを世に定着させた記念碑的作品である。
本作は製薬企業アンブレラ社の秘密実験によって引き起こされた“洋館事件”を題材に、特殊部隊S.T.A.R.S.の隊員たちが洋館で遭遇する恐怖と戦いを描いている。
発売当初、その高品質なプリレンダ背景と3Dモデルによるリアルなグラフィック、緊張感あふれるゲームプレイと演出で大きな注目を集め、当時のPlayStationタイトルとしては異例の全世界400万本以上の売上を記録する大ヒットとなった。
本稿では、初代『バイオハザード』のストーリー(ネタバレを含む)と物語構成、舞台設定、登場人物の背景、ゲーム内のファイル資料の考察、アンブレラ社とT-ウィルス等の設定、さらには開発の裏話を解説して行く。

記念すべき第一作目にも関わらず、世界観や設定が非常に細かく作り込まれてる点が良い。この辺りも口コミによるヒットに繋がる要因だったのではないだろうか。
ストーリーの概要と構成
『バイオハザード』の物語は1998年夏、アメリカ中西部の地方都市ラクーンシティ近郊で発生した奇怪な連続猟奇事件から始まる。ラクーン市警の特殊部隊S.T.A.R.S.は調査に乗り出すが、先行したブラヴォーチームが消息不明となったため、クリス・レッドフィールドやジル・バレンタインら所属のアルファチームが捜索に派遣される 。
以下、洋館事件の発端から結末までを4つの局面に分けて詳述する。
1.事件の発端と洋館への逃避

1998年7月、ラクーンシティ北方のアークレイ山地で、登山客や住民が次々に何者かに襲われ食い殺される怪事件が発生した。
地元警察は事件を猟奇的カルト集団による人食い殺人と疑い捜査するも難航し、市民の不安は高まっていった 。
7月23日、特殊部隊S.T.A.R.S.のブラヴォーチームが山中へ投入されるが通信が途絶し、翌24日夜にアルファチーム(クリス・レッドフィールド、ジル・バレンタイン、アルバート・ウェスカー隊長、バリー・バートン、ジョセフ・フロスト、ブラッド・ヴィッカーズ)が救助兼追加調査に向かった。

しかし捜索中、ブラヴォーの墜落ヘリと隊員ケビンの惨殺死体を発見した直後に正体不明の凶暴な犬型クリーチャー(ケルベロス)の群れに襲撃され、ジョセフが犠牲となる。
ヘリ操縦士のブラッドはパニックから発進してしまい、残された隊員たちは追撃を振り切って森の奥の洋館へと命からがら駆け込んだ。
アルファチームのメンバーはかろうじて洋館内のエントランスホールに集結するが、この時点で一人が逃げ遅れて行方不明(ジル編ではバリー、クリス編ではクリス)となり、さらに隊長ウェスカーも不可解にも姿を消してしまう 。残された主人公(ジルまたはクリス)は、生存者捜索のため孤立無援で広大な洋館の探索を開始することになる。

「1」は唯一、実写によるオープニングが採用された作品。「このリアリティがより恐怖を引き立てている」という評価もある。
2.洋館内での調査とブラヴォー隊の悲劇

不気味に静まり返った洋館内部を調べ始めた主人公は、間もなくS.T.A.R.S.ブラヴォーチーム隊員が次々に惨殺された痕跡を発見する。
まず最初の部屋でブラヴォー隊員ケネス・サリバンが血まみれで床に倒れ、彼の死体にしゃがみ込むゾンビと遭遇。主人公は異形の人食い死者を辛くも振り払い、隊長不在のまま孤独な調査を続行する。やがて洋館各所でブラヴォー隊員の無残な最期に次々と直面することになる。

フォレスト・スパイヤーはテラスで腐敗したカラスに啄まれ絶命し、リチャード・エイケンは巨大な毒蛇ヨーンに噛まれて瀕死となり、解毒剤投与の甲斐なく命を落とす。
ブラヴォー隊長エンリコ・マリーニは地下洞窟で主人公と再会するも、「隊に裏切り者がいる」と告げかけた瞬間、何者かの銃撃で射殺されてしまう。
主人公(クリス編)または仲間(ジル編のバリー)はかろうじて生存していた新米隊員レベッカ・チェンバースと合流するが、ブラヴォーチームで最後まで生き残ったのは彼女一人だけであった 。
調査を進める中で主人公たちは、この洋館がアンブレラ社による極秘の生物兵器研究所を偽装した建物であり、一連の猟奇事件は館で開発中のT-ウィルス(タイラント・ウィルス)の流出事故によって発生したものであることを突き止めて行く。
館の使用人や研究員たちはウィルス感染で理性を失ったゾンビ化と狂暴化を起こし、所内の実験生物も檻から逃げ出して山中に出没していたのだ 。
3.隠された研究施設と隊長の裏切り

洋館事件の真相解明に近づく主人公たちは、館地下に広がる秘密研究施設への通路を発見する。地下施設に潜入した主人公は、所内に残された映像やファイルからアルバート・ウェスカー隊長の驚くべき正体を知ることになる。
ウェスカーはアンブレラ社の研究員兼警備主任であり、今回の任務も社の極秘指令によって「S.T.A.R.S.隊員を洋館へ誘導し、B.O.W.(有機生命体兵器)との戦闘データを収集する」ために仕組まれていた。
彼は任務完遂後に研究施設を爆破し、S.T.A.R.S.隊員ごと証拠隠滅を図る計画だったのである 。さらにウェスカーはジル編ではバリー・バートンを、クリス編ではブラヴォーチームの一員エンリコをそれぞれ脅迫・利用し、主人公を陥れようと暗躍していたことも判明する。

裏切り者の正体を目の当たりにした主人公の前で、ウェスカーは研究成果の目玉である究極の生物兵器“タイラント”(T-002)を起動・解放し、自らの手で始末しようと画策する。
しかし、皮肉にも制御不能のタイラントは真っ先にウェスカー本人へ襲いかかり、その胸を爪で貫き致命傷を負わせた。暴走したタイラントによって計画を狂わされたウェスカーはその場に崩れ落ち(後に特殊な処置で蘇生)、主人公たちは超人的な怪物タイラントとの死闘を強いられることになる。
4.タイラントとの最終決戦と結末

タイラントとの戦闘の末、主人公はかろうじてこれを撃退する。主人公は非常用爆破装置(自爆システム)を作動させ、また施設内に拘束されていた仲間(クリス編ではジル、ジル編ではクリス)の救出にも成功する。
崩壊寸前の洋館から脱出するため、一行は屋上ヘリポートへ急行し、逃亡していたブラッドに無線で帰還を要請。間一髪で駆けつけたブラッドのヘリコプターに救助される寸前、最後の執念で蘇ったタイラントがヘリポートに乱入してくる。しかしブラッドが投下したロケットランチャーを主人公たちが使い、タイラントをミサイルで粉砕することに成功。
主人公たちは無事にヘリに収容され、夜明けの空へ飛び立つ。背後では洋館と地下研究所が大爆発を起こし、全てを炎と共に飲み込んで行った。かくして生還者(クリス、ジル、バリー、レベッカ)はラクーンシティへ帰還するが、幾多の犠牲を払いながらもこの事件の真相は公にされないままとなる。
シリーズ後続作品で描かれる通り、アンブレラ社は警察内部にも強い影響力を及ぼしており、生還者たちの告発は握り潰されることになる。
本作はマルチエンディング制であり、プレイヤーの行動次第で生還者が異なる結末も存在するが、公式設定では上記のように主要メンバー全員が生還し館が爆散する結末が正史とされている。
舞台設定:ラクーンシティと洋館事件の環境
ラクーンシティとアークレイ山地

物語の舞台となるラクーンシティはアメリカ中西部に位置する架空の地方都市である。郊外には原生林に覆われたアークレイ山地(Arklay Mountains)が広がり、S.T.A.R.S.隊員たちが足を踏み入れた洋館もその山中に建っている。
ラクーンシティには、後に生物災害の元凶となる巨大企業アンブレラ社の主要施設(研究所や病院など)が複数存在し、市そのものが同社の経済支配下にあった。
初代『バイオハザード』では市街地そのものは舞台とならないものの、猟奇事件の発生地としてアークレイ山地とラクーン市警が登場し、事件後の展開(警察幹部による事件隠蔽など)にも関与する。
本作以降、ラクーンシティはシリーズの中心的な舞台となり、続編『バイオハザード2』『3』では市街地での大規模なバイオハザード(生物災害)へと発展して行く。
洋館とその構造

S.T.A.R.S.隊員が逃げ込んだ洋館は、一見すると郊外に佇む古風で豪華な邸宅である。しかしその正体はアンブレラ社の創設者オズウェル・E・スペンサー卿が山中に極秘裏に建造した私有邸宅兼研究施設であった 。
この建物は1960年代に建築家ジョージ・トレヴァーにより設計され 、館内には侵入者を惑わせるための無数のトラップや隠し部屋が張り巡らされているのが大きな特徴である 。
剣・鎧・盾・兜の4種の鍵で開く扉群、仕掛け絵画の謎解き、動く書棚や石像、特定の楽曲を奏でると開く隠し通路など、館内はパズル要素に満ちた迷宮として設計されていた。
トレヴァー自身は完成後に消息不明となっており、その狂気的な館の構造は後の作品で「トレヴァー館」と称されることもある。

洋館には2階建ての本館の他に、中庭の先に別棟の管理施設(Guardhouse)が存在し、さらに館地下深くには大規模な研究所が隠されている。
内装は大理石の床や巨大な階段、シャンデリアの飾られたホール、豪奢な調度品と美術品の数々が並び、一見して研究所には見えないが、館の奥へ進むにつれ薬品実験室や図書室など「研究施設」の顔が垣間見えるようになる。
洋館内部の環境は、プレイヤーに探索と戦闘を強いる密閉空間としてデザインされている。各部屋は扉と廊下で複雑につながり、プレイヤーは手がかりや鍵を求めて何度も同じ区域を行き来することになる。
この「広大な館を徐々に開放しながら探索する」構造はメトロイドやゼルダのようなアドベンチャーゲームの系譜に属し、後年「メトロイドヴァニア的」とも評された。

開かずの扉が新たな鍵で開通し、近道の発見で館内動線が短縮され、アイテムボックスを経由した物資管理と拠点確保が生存に直結するなど、館そのものが一種のゲーム盤として機能している点に特徴がある。また各所にタイプライター(セーブポイント)が設置され、安全地帯となるセーフルームとしてプレイヤーに一息つかせる役割を果たす。
このような空間設計は同社の前作『スウィートホーム』(1989年)から着想を得ており、隠し扉演出の扉開放アニメーションや、探索中に発見する書き置き(ファイル)による間接的な語りなども含め、恐怖と探索の両立を狙った巧みな環境デザインとなっている。

洋館の構造もしっかりと作り込まれており、現存しててもおかしくないクオリティを誇っている。ただ、広さの割りにトイレが少ない…
地下研究所と寄宿舎

洋館の地下深くには、アンブレラ社が極秘に運営する生物兵器研究所が設けられている。外部から隠匿するため、研究所は洋館および中庭からのみアクセス可能であり、複雑な隠しエレベーターや地下通路で結ばれていた。
劇中、主人公たちは洋館の暖炉裏や中庭の滝裏の隠し道を発見し、地下施設へと踏み込んで行く。研究所区域ではウィルス研究やB.O.W.製造に関連する高度な設備が揃っており、培養カプセル室や実験動物用の収容室、警備用の電力・通信設備などが確認できる。
また、所内にはウィルス拡散事故に備えた自己破壊装置(自爆システム)や、ウィルス兵器暴走時に備える専用拘束房なども備えられていた。
事実、S.T.A.R.S.隊員が辿り着いた時点で研究員たちは既にほぼ死亡・ゾンビ化していたため、終盤の展開において主人公側がこれら非常装置を利用することになる。
一方、本館から中庭を挟んで離れた場所には寄宿舎と呼ばれる建物がある。この別棟は研究員や警備員が寝泊まりする寮・管理施設であり、1階建ての簡素な造りだが地下には洋館地下研究所と繋がる洞窟通路が存在する。

寄宿舎内部もすでにゾンビや変異生物の巣窟と化しており、劇中では巨大植物“プラント42”が建物を侵食してボス敵となる。主人公たちはそこで植物研究担当者の日誌や、植物42号を枯死させる薬品V-JOLTの調合レポートなどを発見する。
寄宿舎は洋館に比べ小規模ながら、プール室や図書コーナーなどがあり、洋館事件当時は10人以上の所員が寝泊まりしていた様子が劇中のファイルから読み取れる。
最終的に主人公はプラント42を撃破し、地下洞窟から研究所へと向かうことになるが、寄宿舎自体もT-ウィルス惨劇の重要な現場であり、洋館と共に悲劇の舞台となった。
洋館に残されたファイル資料の翻訳・考察

本作では、ゲーム中に多数のファイル(文書)が散在しており、これらを読むことで事件の背景や進行が補完される仕組みになっている。
これらファイルは登場人物の日記やメモ、報告書など様々で、そのテキストには惨劇の直接的な証言や謎解きの手掛かりが記されている。以下、主要なファイルを分類し、その内容の要約と考察を示す。
感染者の手記:「飼育係の日誌」と「研究員の遺書」
洋館内で発見される代表的な文書として、人間がゾンビ化していく過程を生々しく描写した二つの日記が挙げられる。一つは通称「飼育係の日誌」(Keeper’s Diary) と呼ばれるもので、洋館の実験動物を世話していた飼育担当の男性がT-ウィルスに感染していく様子を克明に綴った日記録である。
5月9日から始まる記録は、所員同士のポーカーゲームの何気ない記述から、やがて新型生物(皮の剥がれたゴリラのような怪物=ハンター試作体)の世話や地下研究所の事故について言及し始める。
5月11日、深夜に防護服を着た同僚に叩き起こされ事故を知らされるくだりから状況は悪化し、翌日以降、筆者自身も徐々に皮膚に痒みと腐敗が生じていく。
5月16日の項では「全身が焼けるように熱い。腕を掻いたら肉の塊が落ちた。一体俺はどうなって…」と狂乱気味に記され 、さらに最後の5月19日には「発熱は治まったが痒い。犬のエサを食べた。痒い。痒い。スコット(同僚警備員)が来た。醜い顔なので殺した。美味かった。4時。痒い。うま」と完全に人の言葉を失った文章で締めくくられる。
この狂気的な最期の言葉「かゆい うま」(原文では「Itchy. Tasty.」)は本シリーズ屈指の名文句として知られ、ゾンビ化した飼育係自身が最後に襲いかかってくるイベントと相まってプレイヤーに強烈な印象を残した。
学術的に見ても、この日誌はT-ウィルス感染症の経過(潜伏期間数日、発熱・瘙痒・知能低下を経て凶暴化)を当事者の視点で描いた重要資料であり、同様の形式は後続のRE作品でも踏襲されていく。
もう一つは、「研究員の遺書」(Researcher’s Will) と呼ばれる手紙形式の文書である。これは洋館研究所に勤めていた研究員マーティン・クラックホーンが、事故発生後に遠く離れた恋人アルマ宛てに書き残した遺書である。
文面には「黒縁メガネの男(ウェスカー)に監視され君と連絡も取れない」「先月ウィルスが漏れ同僚は皆ゾンビになった」「自分も感染し日に日に君との記憶が薄れていく」といった悲痛な状況が綴られ 、最後は「君への想いを胸に安らかな死を選ぶ」と述べて幕を閉じる。
マーティン本人はこの手紙を書いた直後に服毒自殺したものと推測される。劇中で主人公がこの手紙を読むと同時に、隣室で拳銃自殺した男性の遺体を発見するシーンが重なり、強い哀愁を演出している。
研究員の遺書はゾンビ化前夜の人間の葛藤を示す好例であり、ウェスカーによる口封じで所員が閉じ込められていた事実や、愛する人への想いなど人間ドラマも感じさせる貴重な資料である。
後年発売の小説版などにもこの手紙の文面は引用され、初代の悲劇性を象徴するテキストの一つとなっている。

非常に有名な「かゆうま日記」。当時、筆者もこの内容には衝撃を覚え、ファイルにのめり込むきっかけになった。
陰謀の証拠:「研究員からエイダへの手紙」と極秘指令メモ
洋館事件の裏で暗躍するアンブレラ社の陰謀を示す直接的な証拠として、いくつかのファイルが劇中に配置されている。その一つが「研究員の手紙」(Researcher’s Letter)と呼ばれるもので、洋館地下研究所の端末室で発見できる。
本文は「親愛なるエイダへ」という書き出しで始まり、アンブレラ社の研究員ジョン(John)が恋人のエイダに宛てた遺書的メッセージとなっている。ジョンは実験事故で自らも感染したことを悟り、「君が無事なら研究資料を集めて脱出し、事件を公表してくれ」と懇願する。
さらに「非常時には端末に自分の名前(JOHN)と君の名をパスワード(ADA)として入力すればセキュリティを解除できる」と記し 、最後に「もし完全に化け物と化した私を見つけたら、自分の手で楽にしてほしい」と結んでいる。
この手紙はプレイヤーにとっても研究所のコンピュータ解錠パスワードのヒントとなる重要ファイルであり、実際に作中で端末に「JOHN」「ADA」と打ち込むことで地下の実験室が開錠される仕掛けであった。
また、宛名のエイダ(Ada) は当時伏線として扱われたが、後の『バイオハザード2』で重要キャラクターとして登場することになる。このファイルはウィルス事故後の研究員たちの必死の行動や、社外に真実を暴こうとする意志を示す点で興味深い。
なお劇中のコンピュータ画面にはもう一つ「MOディスク用の端末パスワード」が表示されており、それがMOLE(モグラ、すなわち「スパイ」の意)という単語であった点も注目される。ウェスカーという内通者(モグラ)を示唆するような符号となっており、脚本の遊び心がうかがえる。
もう一つ決定的な陰謀の証拠は、洋館内で入手できる「保安部長へのメール」(Top Secret File)である 。この一枚のメモ用紙には、「X-Dayは間近だ。1週間以内に以下の命令を遂行せよ」という書き出しと共に3項目の指令がタイプ打ちされている 。その内容は次の通り。
- 「S.T.A.R.S.隊員を研究所におびき寄せ、B.O.W.と戦闘させてデータを収集せよ」
- 「タイラントを除く全B.O.W.生物種から胚(受精卵)を2個ずつ回収せよ」
- 「洋館(Arklay研究所)を破壊し、研究員と実験生物もろとも事故に見せかけて処分せよ」
海外版の文末には差出人として謎の組織名「White Umbrella」が記されている。この極秘指令書は、事件の黒幕であるアンブレラ上層部(ホワイトアンブレラ=直訳すると白傘、アンブレラ社上層部を指す隠語)がウェスカーに与えた命令そのものであり、物語の裏設定を裏付ける決定的資料であった。
特に1の「S.T.A.R.S.隊員を実験台にせよ」はウェスカーの行動を説明し、3の「証拠隠滅指令」は事件の結末(洋館爆破)を予見するものとなっている 。ゲーム内ではプレイヤーがこれを入手するタイミングは中盤であり、このファイルが最初にウェスカー裏切りの明確な証拠を示すため、ミステリー的な衝撃があった。
また2の指令「受精卵回収」は後続作品と整合的である。アンブレラ社は各種B.O.W.(ハンター等)の繁殖用胚を確保し、異なる施設で量産実験を続けていたことが『CODE:Veronica』などで語られるためだ。
以上のように、極秘指令書はアンブレラ社の非道な計画を如実に物語るファイルであり、事件の全貌解明に寄与している 。
その他の記録:新聞スクラップ、研究報告書、暗号メモ
上記以外にも、ゲーム内ファイルには事件を彩る設定情報が多数含まれている。例として、洋館の図書室で発見できる「スクラップブック」は複数の新聞記事の切り抜きをまとめたファイルであり、ラクーン市の事件に関する報道を読むことができる。
記事には「女性変死、動物か?」(5月20日付ラクーンタイムズ) 、「アークレイでモンスター出現?」(6月16日付ラクーンウィークリー) 、「山道閉鎖、猟奇事件続発」(7月9日付ラクーンタイムズ) といった見出しが並び、事件当初は熊など野生動物の仕業と見られていたこと、目撃証言から犬に似た怪物が噂され始めたこと、市当局が山道を封鎖しS.T.A.R.S.に調査を委託したことなどが克明に描かれている。
これら報道はプレイヤーに事件の社会的状況を伝えるだけでなく、洋館内部で孤立無援の隊員たちの背後で世間は何も知らず動いているというコントラストを生む効果がある。
また寄宿舎には、前述の巨大植物42号の生態を分析した「プラント42のレポート」 と、その弱点である薬品V-JOLTの調合法を記した「V-JOLTレポート」 が置かれていた。これらは研究員視点で記されており、事故後に急成長した突然変異植物の生態(根が地下水槽に到達し人の血を吸うまでに凶暴化)や、それを数秒で枯死させる化学薬剤の配合レシピが詳細に説明されている。
プレイヤーはこの情報を基にゲーム中で実際に薬品調合を行い、植物ボスを弱体化させて攻略できる。ゲームの謎解きとストーリー設定が結びついた好例と言える。
また地下研究所には、3枚のMOディスクを解析装置に通すことで印字される「Pass Code 01~03」があり 、それぞれ旧約聖書「創世記」22章16~18節の一節が刻まれている (アブラハムが信仰を試された場面の引用)。
この3枚のパスコードを集めることで拘束された仲間を救出可能になる仕組みだが、引用された聖句の意味自体はゲーム内で深く語られないため、象徴的な演出と考えられる。
他に「警備システム作動中の注意書き」も視認できる。研究所2階の資料室で読めるファイルには、各区画の規定や責任者の名前が箇条書きされており、その中に「地下3階・刑務所:特別顧問研究員E.スミス、S.ロス、A.ウェスカー立会時のみ使用許可」という一文がある 。これによりウェスカーが研究所側の人間であったことがファイル上にも示唆されている。
このように、『バイオハザード』のゲーム内ファイルは多岐にわたる情報源となっており、環境ストーリーテリングの手法で物語に奥行きを与えている。
アンブレラ社とT-ウィルス——物語世界の科学設定
アンブレラ社の正体と目的
アンブレラ社(Umbrella Corporation)は『バイオハザード』シリーズ全般における巨大な黒幕企業であり、初代では直接その名が出る機会は限られているものの、洋館事件を引き起こした元凶として重要な位置を占める。
アンブレラ社は表向き製薬会社としてラクーンシティに本社や病院を構えているが、その実態は生物兵器(B.O.W.)の開発・売買を主業務とする軍需企業であった。
同社は1960年代にオズウェル・E・スペンサー卿らによって創設され、各地の秘密研究所でウィルスを用いた生物兵器の研究を進めてきた。洋館(スペンサー邸)地下の研究所もその一つであり、アメリカ軍向けの試作品を開発する拠点であった。
アンブレラ社はラクーン市警や政財界にも強い影響力を持ち、S.T.A.R.S.創設のスポンサーでもあったため、市警上層部は事件後に社から賄賂を受け取りもみ消しに加担している。
洋館事件においてアンブレラ社は、ウィルス漏洩事故そのものを公にせず隠蔽するため、ウェスカーに証拠隠滅と生存者抹殺を命じていた。つまり、自社の特殊部隊員ですら実験材料にする冷酷非道な企業である。
ホワイトアンブレラと呼ばれる上層部は、一連の極秘指令書や研究所ファイルに痕跡を残すのみで直接姿は現さないが、事件の黒幕として暗躍していた。
アンブレラ社の究極目的は「人類の進化に寄与する新生命体の創造」とされる。スペンサー卿は優生思想の持ち主であり、生物兵器の製造・拡散を通じて世界を自らの望む形に作り変えようとした(これはシリーズ後半の設定補強による)。
一方で現実的には、各国やテロ組織に向けバイオ兵器を闇取引することで巨利を得るビジネスモデルを築いていた 。洋館研究所で開発されていた兵器群も、そうした市場提供を念頭に置いた商品だった。
創設者スペンサーの存在自体は初代ゲーム中では触れられないが、ウェスカーや研究員たちが背負った野心・欺瞞の背景には、アンブレラという組織の巨大な陰が常にあったと言える。
T-ウィルスとB.O.W.(有機生命体兵器)
洋館事件の核心をなす科学的要素が、T-ウィルス(Tyrant Virus)と呼ばれる特殊ウィルスである。これはアンブレラ社が極秘裏に開発していた遺伝子改変ウィルスで、感染した生物を異常変異させ殺人衝動を持つ凶暴なクリーチャーへと変貌させてしまう 。
T-ウィルスはもともとアンブレラ創設者の一人ジェームス・マーカス博士が発見・培養した始祖ウィルスを改良して生まれたもので、洋館研究所ではアンブレラの共同創設者ウィリアム・バーキンらによって改良が重ねられていた。
劇中の研究員の手記によれば、1998年5月に所内でこのウィルスの新株(ε株と呼ばれる)が完成したが、その直後に不慮の事故で漏洩しスタッフ全員が感染してしまったという。
T-ウィルスに感染すると潜伏期間を経て高熱と知能低下、凶暴化が生じ、人間の場合は「ゾンビ」化してしまう。ゾンビ化した被感染者は他者を襲って噛み、その体液からウィルスが二次感染するという特徴がある。洋館周辺で発生した食人事件は、このウィルスが人間だけでなく犬やカラスなど多種の生物に感染し異常な肉食性生物を生み出したことに起因していた。
アンブレラ社の真の目的は、このT-ウィルスを使って特殊な戦闘生物を生み出し兵器化することにあった。ウィルスのコードネーム“Tyrant”が示す通り、究極の目標は人類に比肩し得る究極の生命体「タイラント」の創造である。
しかし実際には、大半の感染体はタイラントには遠く及ばない低レベルなゾンビやクリーチャーに成り果てた。にもかかわらずアンブレラは、それら下級変異生物にも用途を見出し、量産試作していた節がある。
例えば量産型B.O.W.「ハンター」(Hunter α)は人為的にトカゲと人間のDNAを掛け合わせT-ウィルス投与で誕生させた殺戮兵器である。洋館地下にはこのハンターが大量に収容されていたが、事故後に檻を破り放たれ、後半の洋館内で主人公たちに襲いかかる。
また大型動物への感染例として、洋館の巨大蛇ヨーンや巨大サメ(ネプチューン)、クモ(ブラックタイガー)などが確認できる。これらは元は館で飼育・実験されていた生物がT-ウィルスで突然変異を起こし巨大化・狂暴化したものである。植物にまで感染が及び生まれたのがプラント42であった。
このようにT-ウィルスは極めて広範な生物種に交差感染しうるのが特徴で、その万能性ゆえにアンブレラ社は軍用細菌兵器としての将来性に期待を寄せていた。
B.O.W.開発の最終成果として位置づけられるのが、タイラントと呼ばれる人型大型クリーチャーである。洋館地下研究所では“T-002”型タイラントが培養されており、これが劇中ウェスカーによってカプセルから目覚めさせられる。
タイラントは2メートルを超す巨体と強靭な心臓、鋭利な爪を持ち、並みの兵士では太刀打ちできない殺戮能力を備えた究極のB.O.W.であった。アンブレラ社はこのタイラントを量産し、生物兵器の決定版として売り込む計画だったと考えられる。
しかし本作ではタイラントは制御不能に陥り、開発者ウェスカーをも殺害してしまう。皮肉にも皮肉を重ねた結末だが、アンブレラ社の非人道的研究とウィルス兵器の危険性を象徴するエピソードと言える。
洋館事件後のアンブレラ社とT-ウィルスの行方
洋館事件はS.T.A.R.S.隊員の活躍によってタイラントの破壊および研究施設の爆破という形で一応の幕を閉じた。しかしアンブレラ社の計画全体が潰えたわけではない。T-ウィルスそのものや他施設のB.O.W.は依然存在し、また同社には幹部や科学者など事件の黒幕となった人物が数多く残存していた。
事実、本作エンディング後もアンブレラ社はなんら表向きの糾弾を受けずに活動を続け、局地的事件に封じ込めることに成功した。その結果、T-ウィルス禍はさらなる惨劇へと繋がる。
洋館から生還したクリスやジルらは警察内部の腐敗を悟り、独自にアンブレラ本社の調査に乗り出すが、その留守中の1998年9月にラクーンシティ市街で大規模なバイオハザードが発生してしまう。(バイオハザード2)
これは洋館事件とは別系統のバーキン博士が開発していたG-ウィルスを巡る事件で、T-ウィルスが下水道経由で市中に漏れ出し、ラクーンシティ全域がゾンビで溢れかえる未曾有の生物災害へと発展した。
ラクーンシティは最終的に米軍の手で核爆破消毒され消滅するが、アンブレラ社はついに世論の非難を浴びることになる。そしてシリーズ時系列では2004年頃までに企業としてのアンブレラは崩壊(倒産)する。
しかし、T-ウィルスおよびその派生株は既に世界中に拡散し、生物兵器テロという新たな脅威を生み出す火種となってしまった。
以上は後続作品の展開だが、初代『バイオハザード』の洋館事件は、アンブレラ社の悪行を白日の下に晒す始まりの物語であり、その後の世界的バイオハザードのプロローグとして位置づけられている。
あとがき

以上が、初代『バイオハザード』(1996)のストーリー詳細でした。
処女作ながら細かく作られた設定やキャラクター像など、全てが魅力的なものばかり。
未プレイの方も、かつてプレイしたことがある方も、今一度バイオ1をプレイして、ストーリーの奥深さに触れてみてほしい。



